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重ねてビックリ!

 投稿者:momongaメール  投稿日:2017年 4月24日(月)12時41分49秒
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  宗谷線を横切る道路がいつ頃からあったのか確認すべく、戦前・戦後の地図を見比べていたら、これまた意外な事にビックリしました。
何と、永山町零丁目もいつの間にか1丁目に化けていたではありませんか。

かんじさんが書かれた秩父別と同様、永山も元々は零丁目から数えていたのが、いつの間にか1丁目から数え直しています。
つまり、かつての零丁目は1丁目となり、順次1丁目づつずらした16丁目までの表記に変わっています。
私はてっきり零丁目と番外零丁目がパルプ町と新星町になり、1丁目以降は昔から変わってないとばかり思ってましたが、そうではなかったようです。

かんじさんもご存じかと思いますが、戦前・戦中の地図は、昭和初期以降終戦時までのものがなかなか見当たりません。
私が分かった限りでは、昭和一桁時代の地図までは永山町零丁目・番外零丁目が記載されていますが、
戦後、昭和23年の地図では既に零丁目が1丁目になっています。
概ね昭和10年~20年くらいの間に変えられたようですね。
という事はつまり、永山町零丁目踏切は少なくとも零丁目が存在した時代からの名称であるという事になります。

さて、いつ変わったのか?
これは調べてみなければ分かりませんが、あの地区での大きな変化といえば、昭和15年にパルプ工場ができてます。
もしかしたらそれを機に零丁目を廃止し、新1丁目にしたのかもしれません。


ただ一つ疑問があります。
旭川市街もそうですし、永山や当麻などの近郊、それに秩父別などでもそうだという事は、
各地に存在していた零丁目や零号などの表記が、次々と意図的に廃止されてきたという事ですよね。
それもわざわざそれまでの住所表記を広い範囲に渡って変更してまで。
これ、何故なんでしょう?
別にゼロから数えたって特別不都合な点があるとも思えないのですが・・・

 

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