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とんでもないレアケース?

 投稿者:momongaメール  投稿日:2017年 5月 8日(月)12時54分46秒
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  もう少し永山の話題を続けたいと思います。


永山の地番を調べている中で「これはいかがなものか」という名称に出くわしました。
道北バスのバス停で、「永山16丁目」の先が何と「当麻17丁目」「当麻18丁目」「当麻19丁目」・・・と「当麻27丁目」まで続くんですね。
これは明らかに永山村からの分村の名残だろうという事は想像できますが、それにしてもちょっと無理がある。
もしかしたらバス会社が勝手にそう呼んでるだけか?とも思いましたが、そうでもなさそうです。
冠する町名が変わっているのに地番の数字だけが連番で続くというのは、非常に珍しいのではないでしょうか?

そもそも当麻が永山村から分村したのは明治33年にまで遡る話です。
分村時は17丁目道路を村界としましたが、僅か2年後に16丁目道路に村界変更しています。
結果、区画としては永山村は零丁目から数える15丁目までとなり、16丁目以降が当麻村となるわけですが、
その際、村が変わったにも関わらず、16丁目以降の地番名称だけはそのまま字名として引き継いだ事になります。
大正期や昭和初期測図の地図をよくよく見ると、確かに当麻村となっているものの、引き続き十七丁目とか十八丁目の表記が見て取れます。
分村前の永山が何丁目まであったのか、残念ながら全村区画図が見つかりません。

そこまでは良いとして、先のレスの通り、永山はその後昭和11年(たぶん)に、零丁目~15丁目を1丁目~16丁目に字名地番変更しています。
という事は、バス停の表記が正式な字名だとすれば、永山村の地番変更に合わせて当麻村も16丁目以降を連番数字の地番に変更した事になります。
まあ確かにそのままでは永山の16丁目の隣に同じ当麻の16丁目が続く事になり、いよいよややこしい事になりますが・・・
ただ、明治の分村以降かなりの年月が経っているにも関わらず、地番だけは永山村のそれを継承し続けたという事になります。
現在の「宇園別」という地名も古くからあったのに、何故その時に変えてしまわなかったんでしょうね。


踏切名称と同様、このバス停名称も、いつ名付けられたのか知りたいところです。
条丁方式の住所になったところはさっさとバス停名称を変えてしまうのに、何故この区間はいつまで経っても古い名称を変更しないのか?
この辺りの理由も含めて知りたいですね。

 

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