新着順:12/1358 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

十勝線追加調査

 投稿者:かんじ  投稿日:2017年 6月28日(水)18時09分20秒
  通報 返信・引用 編集済
  十勝線追加調査
先日は西神楽にある神楽神社の所の踏切が神楽町15号踏切である事を確認して、
そのあと旭川駅に向かっていくつかの踏切を調べただけでした。
神楽岡の駅のすぐ脇の踏切が「神楽町1号踏切」で緑が丘の踏切が「神楽町4号踏切」ということで「神楽町○号踏切」が続いている事を確認しました。
では、15号の先は?確かにバス停に16号、17号と続いていますが、踏切はどうでしょうか。
追加で調査しました。
神楽町16号踏切はありました。神楽町17号踏切もありました。
神楽町18号は西聖和駅の横になりますが、ここの踏切は名前が違っています。
「第3鷹栖神楽線踏切」となっていますが横に「西聖和駅構内」となっています。
西聖和駅が出来る前からこの踏切はあったと思いますので、駅の新設に伴い踏切名が変更になっていると想像しました。
神楽町19号踏切はありました。神楽町20号踏切もありました。
この辺りから田舎になってきますので踏切も少なくなり少し飛んで次に神楽町23号踏切がありました。
次に神楽町26号踏切、神楽町28号踏切もありました。
この辺りは千代ヶ岡駅の少し手前になります。
この辺りからなんだかおかしくなってくるのですが、千代ヶ岡駅を過ぎた直ぐの人道踏切には「神楽町35号踏切」となっています。
あれーーー、急に番号が飛んだなぁって感じです。
あまり距離を置かずに神楽町37号踏切がありました。
あれあれ、どこまで行くのかな、と思いながら先を調査すると次に現れたのが「能取農場踏切」という名前でした。
おっついに神楽町も終わりかと思いましたが、なんと次に神楽町41号踏切というのが現れました。
場所的には「美瑛の清掃工場」の近くです。
付近に農家があって男性が居ましたので話を聞きました。
「この先の踏切に能取農場という踏切が、、、、」
「ああ、餌取(えとり)さんね」
「あっ、餌取さんですか」
「その先の下がったところの家だよ」
「相当古い農家ですよね」
「この辺の踏切には農家の名前なんかが付いてるね」
「ここの踏切は神楽町41号踏切ですけど」
「昔はこのあたりも神楽だったから国鉄が番号を付けたみたいだね」
「ありがとう、ございました」
って感じです。
そう、明治30年に旭川まで鉄道が開通し明治32年には美瑛まで鉄道が開通しています。
その頃まだ美瑛村は開村していません。
美瑛村の開村は明治33年なのでその頃今の美瑛は神楽村の一部だったはずです。
ひょっとして今の美瑛町周辺に神楽の名前の付く踏切があるかもしれない、、、、。
わくわくしてその先を探したのですが、その先は「北美瑛駅」があってその脇の踏切も北美瑛構内となってしまっていて「第4旭川浦河線踏切」となっています。
浦河?と思いましたが後で調べると国道237号線のことなんですね。
次にあった踏切は美瑛坂の所にある「野上農場踏切」でした。
そして次は美瑛の街に入ってしまいます。
そこにあった踏切の名前は「美瑛原野4号」という踏切でした。
残念な事に美瑛の街には踏切が一つだけでした。
今回の調査はこれで終了です。
今回の調査で十勝線沿線はかつて神楽村という広大な範囲がありその起点は今の神楽と神楽岡の境の大雪通辺りを神楽村零号として1号2号と今の美瑛に向かって番号を振っていたという事だと思います。
その法則は千代ヶ岡あたりから怪しくなりますが、踏切には41号までその痕跡があり、その先は丘を越えて美瑛の街に入ったところで「美瑛原野4号」という踏切になっているという事でした。




 

新着順:12/1358 《前のページ | 次のページ》
/1358